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涼宮ハルヒのクラシック「射手座考察編」+その他推測編 [涼宮ハルヒのクラシック]

人気TVアニメーション「涼宮ハルヒの憂鬱」で使用された
そのクラシック音楽にまつわる、かなりの思い込みを混ぜたこれは考察+推測編。
(最初「目明し編」にしようと思ったのですが「○ぐ○○の~」の大パクリになるのでやめました)

この件はすでに
http://blog.so-net.ne.jp/ORCH/2006-06-12
http://blog.so-net.ne.jp/ORCH/2006-07-05
http://blog.so-net.ne.jp/ORCH/2006-08-07
http://blog.so-net.ne.jp/ORCH/2006-08-10
そして
http://blog.so-net.ne.jp/ORCH/2006-07-11
で二ヶ月にわたり延々と語られているのでほんとは〆てもよかったのですが
ちょっといくつか置いてきたものもありますし
こだわりの作品にはこちらももうすこしこだわったみようかなということで
今回は共通テーマも「アニメ」から「音楽」に変更しての仕切りなおしです。

今回このアニメで使用された曲は全部で4曲

「射手座の日」では
①ラヴェル「ダフニスとクロエ」第三部より「夜明け」冒頭
②ショスタコーヴィチ交響曲第7番より、第一楽章冒頭と「戦争の主題」
③チャイコフスキー交響曲第4番より、第四楽章の終結部付近
「涼宮ハルヒの憂鬱 Ⅳ」では
④マーラー交響曲第8番より、第一部「Accende lumen sensibus(光もて五感を高め)」

となっています。
でここでは、射手座での三曲を中心にいろいろと考察をしてみたいと思います。

これじつはすべて①から③がロシアがらみ(以前はスラヴがらみという言い方をしましたが)
①は作曲者や初演場所こそフランスですが
その初演を委託したのがロシアバレエの主催者ロシア人、セルゲイ・ディアギレフ。
②と③はもういうまでもなく作曲者も初演場所もロシアでありソ連。

ということなのでこれは②と③との兼ね合いで①をもってきたのかもしれませが
じつは「ダフニス」が書かれ初演されたフランスのその当時のことを考えてみると
ちょっとおもしろいことになってきます。

というのはラヴェルが「ダフニスとクロエ」の作曲に着手した当時フランスは
第一次モロッコ事件でドイツと不穏な関係となり
しかもこの曲の完成と前後した時期には第二次モロッコ事件がおき
仏独全面戦争寸前までいくところで
決して対外的には安定していた時期ではありませんでした。
ディアギレフの祖国ロシアも血の日曜日事件や日露戦争以降
不穏な状態が続いていました。

そしてこの「ダフニス」初演から二年後にはあの第一次世界大戦がはじまります。
この音楽があの戦闘前に流されたのは「戦争前夜」的な
そういう部分との兼ね合いがあったのかもしれません。
因みにこのダフニス初演後の翌年
つまり大戦前年にディアギレフのロシアバレエは
ストラヴィンスキーのあの「春の祭典」を初演しています。

続いて交響曲第7番レニングラード
この「射手座」で最も印象的に使用されたこの曲の使用理由は単純に戦闘というもの
そしてこの曲が今度は第二次大戦中に書かれ初演された曲であるということと
あの「戦争のテーマ」の特異なそれがあげられると思います。
この「戦争のテーマ」が前述した「ダフニス」の作曲者ラヴェルの代表作「ボレロ」の
そのやり方をそっくり拝借した手法には当時からいろいろとあったようですが
とにかく当時はそういう声よりもこれが戦意高揚の曲と
ナチスドイツと闘う強い意思表明と賛歌のようなものということで
圧倒的な人気と賛意を勝ち取ったものでした。

ですが後にこれがそのような単純な曲ではなく
ヒトラーとスターリンの両方を糾弾した内容であると
現在は偽書という説も強いヴォルコフによって編纂されたショスタコーヴィチの回顧録
「ショスタコーヴィチの証言」では語られています。
そんなこともあるのでしょうか
この擬似戦闘ともいえるゲームの戦闘シーンということで
この単純ではない、しかも聴きようによってはずいぶんくだけたテーマを使用したこの部分を
ここで使用したのかもしれません。
そしてそこで冒頭のダフニスとの「ラヴェル」繋がりもできる。

あとこの戦争のテーマでは
レハールの「メリーウイドゥ」の「マキシムの歌」が挿入されているといわれています。
それはレハールが好きだったヒトラーへの皮肉ということらしいのですが
そこで使用されている「マキシムの歌」の部分ではこう歌われています。

「そこで私はマキシム(キャバレーの店の名前)に出かける。そこの女の子とは皆親しいのだ。」

戦争とはまったく縁も所縁もないような
きわめてぶっちゃけた歌詞ですが問題はこの使用された歌詞の前の部分で、
そこでは外交官はいつも忙しくてたいへん、こういうときは気晴らしも必要と、
じつは歌われているのです。

この部分、「射手座」のラストでキョンが
長門に対しての独白内容をおもわせるものがあります。
ひょっとしたらラストの台詞から逆算して
この曲の使用を決めていた部分もあったのかもしれません。

そしてこの戦争のテーマのあと滑り込むようにして
チャイコフスキーの交響曲第4番の終楽章が使用されるのですが
自らの援助者となってくれたフォン・メック未亡人への手紙で
チャイコフスキー自らがこの曲(終楽章)に対して語った言葉を次に続けます。

------------------------
あなたが自分自身のなかに喜びを見出せないのなら、
あたりを見回せばよい。
人々がどんなに生を楽しみ
歓楽に身を打ち込むかを見るがよい。
人々の幸福を喜びなさい。
そうすればあなたは
なお生きていけるのです
------------------------

この二つをペアにして順序を組み替えて読んでいくと
なぜこの作品あそこまで長門が今まで違う表情をみせ
キョンの言葉を借りれば「たのしそう」だったのか。
ほんとうにじつにいろいろと音楽上の伏線がはってあるなあというのが偽らざる心境です。

※(2008年7月7日追加)
ある方からこのチャイコフスキーについて
「射手座の日に使用したピョートル・チャイコフスキー『交響曲第4番』は
OVA銀河英雄伝説でのマルアディッタ星域会戦での自由惑星同盟軍艦隊が
銀河帝国軍艦隊に対する劣勢を挽回の序戦のシーンに使用してることに対するオマージュ。」
という情報をいただきました。
あらためて自分勉強不足を痛感です。
因みにこれは「はなもく ウィキペディア」の「涼宮ハルヒの憂鬱 (アニメ)」の頁にあります。
ご指摘ありがとうございました。

このショスタコーヴィチにおけるレハールの裏設定的なやり方は
「涼宮ハルヒの憂鬱 VI」で使用されたマーラーの交響曲第8番でも見受けられます。
これは閉鎖空間から戻ってきてベッドから落ちたキョンが
ハルヒとのことを思い出してその嫌悪感から

「フロイト先生も爆笑だっぜ」

といったのがそれでして
これはマーラー自身がこの交響曲第8番を初演する前に
フロイトの治療を受けて精神の不安定から立ち直り
無事その初演の指揮をミュンヘンで執ることができたという
このエピソードからきたものです。

このマーラーでは歌詞と画面とのシンクロと〆に裏設定が際立っているのですが
「射手座」では音楽そのものと裏設定のストーリーとのシンクロという
じつに手のこんだことをしているというのが感想ですし
またその裏設定が随時長門にかかわっている部分が多いことから
長門に対する、愛情たっぷりの音楽表現という気がこれらから強く感じたものでした。
寡黙なキャラに対する無言の愛情表現とでもいうのでしょうか。

でもここでひとつ疑問
「射手座」の占いでよくみかける基本性格をみると
そこからはむしろハルヒのことをさしているように感じられてしまいます。
ではなぜそれなのに人物描写や音楽がこの話、
これだけ長門にからんでくるのか?
ちょっと不思議な気がするのですが
この話ひょっとして長門も含め
ハルヒワールドという異常空間でみなそれなりに自分を貫き
そしてたのしみ踊らされたり踊っていたりと
そういう状況を呈していることをゲームという枠にいれて
それを再構築再提示したものだったのかもしれません。
それで「射手座」がタイトルとして登場した。
そうなるとチャイコフスキーの発言
「あなたが自分自身のなかに喜びを見出せないのなら…」
というのは長門だけでなく、ハルヒにも
そしてここにいる全員にも当てはまってくるのかもしれません。

もっともこれはコンピ研の会長の
ハルヒに対するちょっした皮肉まじりによるゲームのタイトルづけという
ただそれだけのものだったのかもしれません。

とにかくどちらにもとれるという作り方をしている本作を思うと
最後は自分自身にすべてを帰結させるしかない
ただ面白かったもOK、自分のように深読みするもOKという
見ていた皆様ひとりひとりに
もうそれは委ねられるべき話であり領域であるのかもしれません。

とにかくどこまで考察しても限りがないので考察編はここで一応終了といたします。
それにしてもここまで考察すると
この音楽を考えた人はいったいどういう人なのだろうという気がじつにします。
ここから推測編です。

使用した演奏者がこの射手座の場合
クリュイタンスやゲルギエフ、それにムラヴィンスキーということを思うと
 (あくまでも上記の指揮者にかなり似た演奏なので
  上記の指揮者による演奏だったら…という前提で話します)
正直いろいろかなり聴きこんでいる人という気がします。

クリュイタンスのラヴェルは世紀の大名盤なのでこれはともかく
ゲルギエフのレニングラードも決して偶然にみつけたわけではなく
すでにこの演奏のCDを持っていたか
もしくは2004年の11月24日に有楽町の東京国際フォーラムホールAで行われた
ゲルギエフ指揮キーロフ国立歌劇場管弦楽団&NHK交響楽団合同公演における
「レニングラード」を聴きに行っていたか、もしくは後日NHKで放送されたものを聴いていて
そこからチョイスしてきたのでは?という気がしていますし、
http://blog.so-net.ne.jp/ORCH/2006-08-10
の後半にもあるような理由も含めて選んでたような気がします。

(尚、ゲルギエフ指揮による「レニングラード」のCDは
 あの「911」同時多発テロのほぼ一週間後のライブ録音です。)

またチャイコフスキーにスヴェトラーノフではなくムラヴィンスキーを選んできたのも興味深く
かなり演奏者にもこだわりをみせている部分も感じます。
そうなると
クリュイタンス、ゲルギエフ、ムラヴィンスキー
そして
「涼宮ハルヒの憂鬱 VI」ではラトルと
新旧関係なくじつにバランスのよい
ただどちらかというとパワーや音量にこだわる爆演に走ったり
泥臭かったり感情移入が強烈だったりという演奏を避け
洗練された明晰かつ無駄のない、それでいて迫力にも事欠かない指揮者を好むという
そういう傾向がこの選者には見受けられます。
(これはTVのBGMとして使用するため性質上そういう音質のものを選んだという
 そういう見方もできるかもしれませんが…)

もし上での指揮者が全員ここで使用されたものと一致していた場合
おそらくこの方は

ドビュッシーではマルティノンやパレー
ヴォーン=ウィリアムスではボールトやバルビロリ
ドヴォルザークではクーベリックやセルまたはアンチェル
シベリウスではオラモかベルグルンドもしくはバルビロリ
パルトークではライナー

このあたりを好んで聴かれている方ではないか?
という気がしていますがどうなのでしょうか。
ただいずれにせよかなりの強者という気がします。

この涼宮シリーズがもし京都で第二期が制作され
音楽担当も同一人物となり
そこで再度クラシックが使用されたらまたまたいろいろと仕掛けてくることでしょうし
そのときは表裏どちらも込みの設定や歌詞にもかなりこだわったものが使用されることでしょう
(ひょっとするとその裏をかいてくるかもしれませんが…)
たのしみというか、いまからそうなることを強く期待したいものです。

余談ですかそういえば今年の4月、つまりハルヒの放送開始時期は
ハルヒ制作の京都アニメーションの地元である京都を代表するプロオーケストラである
京都市交響楽団が設立されてからちょうど50年目にあたっていました。
ひょっとしてそこまで考えてこのアニメ、終盤にクラシックを多用していたのでしょうか?
因みにこの京都市交響楽団はロシアの名指揮者ドミトリー・キタエンコの指揮で
ハルヒ放送期間中の 5 月 11日 に上記したショスタコーヴィチのレニングラードを演奏しています。
(第 488 回定期演奏会 京都コンサートホール 19 時開演)
このへんも演奏会の事前告知なども含めて案外使用の伏線としてあったのかもしれません。

尚最終回放送前後の7月4日にはネーメ・ヤルヴィの指揮でチャイコフスキーの交響曲第4番も
これまた同オーケストラによって演奏されています。もっともここまでくれば偶然でしょうが…。

それにしても京都にはディープなクラシック愛好家が多いなあ…(独白)

(関係リンク先)

「涼宮ハルヒの憂鬱」オフィシャルサイト
http://www.haruhi.tv/

「涼宮ハルヒの憂鬱」京アニサイト
http://www.kyotoanimation.co.jp/haruhi/index.html

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』の「涼宮ハルヒ」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B6%BC%E5%AE%AE%E3%83%8F%E3%83%AB%E3%83%92

[提案]

京都市交響楽団は地元の京都アニメーションと提携して
今回使用されたクラシック音楽をメインにして演奏会を開いたらどうでしょうか?
出演された声優さんもゲストによぶとそれはそれで華があってたのしいかも…。
ただマーラーが人集めと経費がたいへんかもしれませんね。
一案としてここに記しておきたいと思います。

以上で一応〆です。

最初の「涼宮ハルヒの憂鬱(射手座の日)そのBGM+1(改訂)」から
気づいたらとてつもなく長い文面となってしまいました。
おつきあいいただいた皆様
最後まで読んでいただきありがとうございました。
お疲れさまでした。

(私的後日談)
8月中旬の二日間にあったことなのですが
このサイトへのアクセスがその二日間に約1万件もありました。
普段のアクセス数から考えると桁違いの凄まじさで
そのほとんどが「涼宮クラシック」に集中していました。
致命的なミスもやらかしていたこともあって
正直素直には喜べないものもありましたが
やはりアクセスしていただいたことには素直に感謝したいと思います。
それにしてもこの作品、地上波に降りてくる可能性があるのでしょうか?
DVDが全巻発売された後、なにか動きがあるような気がしないでもないのですが…。

※お断り

 最近ある方から対訳等のUPは著作権に抵触するのではという、ご心配のメールをいただきました。自分としては卒業論文と同じで、出典元を明記し、金銭がからまなければよいのかな?と思っていましたがどうもそうではないようです。このため、歌詞対訳の部分を大幅に削除することにしました。ちょっと残念ですが、こういう考察を加えるにも今後いろいろと工夫を加えなければいけないという、いい教訓になりました。正直ちょっと残念ではありましたが…。

 以上、ご理解とご了承のほどよろしくお願いいたします。

----------------------------------

※(補説)
この「涼宮ハルヒのクラシック」は全部で5項目からなっています。
読みやすいようにすべて上から順番に並び替えてありますので
スクロールしても上の項目に行けますが
http://blog.so-net.ne.jp/ORCH/archive/c5362149
をクリックしていただくと、その五つのみ順番にみることも出来ます。

※これ以前に「涼宮ハルヒ」についてに書いたことは
以下のところにまとめてあります。よろしければご覧ください。
http://blog.so-net.ne.jp/ORCH/archive/c10378348


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