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母岩識別批判(3) [石器研究]

2000年に「接合」という題名で、事典項目を執筆する機会が与えられた(五十嵐2000c「接合」『用語解説 現代考古学の方法と理論Ⅱ』164-175。私の中では、接合という事象もさることながら、特に石器接合と密接に関連する「母岩識別」について、問題点を指摘したいという意識が強かった。そのため与えられた頁分量の半分以上が「母岩識別」に関する記述となってしまい、「接合」という項目名を「母岩識別」に変えて欲しいと編者に要請したが受け入れてもらえなかったという経緯があった。

そこでは、母岩識別研究が有する原理的な問題点、すなわち母岩識別研究が成立するにあたって最低限必要となっている前提について、2つの点を確認した。
前提1: 同一母岩内均質性: ある母岩は分割されてバラバラになったとしても、相互に同一であることが識別可能なほど、均質であること。
前提2: 異母岩間多様性: 全ての母岩は分割されてバラバラになったとしても、相互に異なることが識別可能なほど、多様であること。

これは、考えてみれば極めて当たり前の事柄なのであるが、母岩識別を実践している人びとの記述からは、こうした意識が殆ど感じられなかった。
前提1と2の程度、すなわち同一母岩内均質度と異母岩間多様度の組合せによって、実際の石器資料は様々な様相、顔つきを見せる。

*前提1(良)×前提2(良)→ 個々の母岩は、それぞれ特徴的な顔つきを示し、母岩単位においても均質である。母岩識別を行うのに、理想的な状況である。
*前提1(不良)×前提2(良)→ 個々の母岩はそれぞれ異なる個性を示すが、母岩の内部と外部が異なる特徴を示すため、本来同一母岩である非接合資料が別々の母岩として識別されることになる。実際の母岩数より識別母岩数が多くなる。
*前提1(良)×前提2(不良)→ 母岩単位では均質であるが、それぞれの母岩が極めて類似した特徴を有するために、識別不能な資料、あるいはある単一母岩に本来複数の母岩資料が類別されてしまう。実際の母岩数より識別母岩数が少なくなる。
*前提1(不良)×前提2(不良)→ 母岩単位においても不均質であり、母岩間においても、その不均質さが類似している。実際の母岩数と識別母岩数は結果的に余り差はないかもしれないが、識別の実態は本来あるべき姿とは全くかけ離れたものとなる。

こうしたパターンは、前提1と前提2を良・不良の2項に区分しただけの極めて単純なケースである。実際は様々なスケールで変容しており、異なる石材間においても状況は異なるであろう。

「母岩識別研究の有効性と限界について、考えよう」という提言からおよそ10年の年月が経過して、ようやく相応の応答が見られるようになった(吉川耕太郎2003「個体別資料分析の再検討 -琴丘町小林遺跡における縄文時代中期後半の石器群-」『秋田県埋蔵文化財センター研究紀要』第17号:32-38)。

「報告書を作成する側は、整理作業の過程で個体別資料のもつ曖昧さを意識しながらも、報告書でそれを表現する手段に乏しかったのが実情ではないだろうか。そうしたある種の独占情報を報告書に提示しない限り、報告書をひも解く側は、全ての個体を同じ精度により分類されたものという前提で検討せざるを得ない。個体別資料分析の限界を報告者が認識し、その限界をどのようにして克服するか、そうした視点を欠いてしまえば、個体別資料分析は真に有効な手段とはなりえないだろう。」(同:p.37)

 

 


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