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新潟空港 [├空港]

      2003年7月、2023年3月訪問 2024/3更新  


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1934年(昭和9年7月撮影)高度600米 方位S 距離1,000米
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1934年(昭和9年)7月調査資料添付地図
Translation No. 29, 20 February 1945, Airways data: Chubu Chiho. Report No. 3-d(27), USSBS Index Section 6 (国立国会図書館ウェブサイトから転載。上2枚とも)

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1946年10月(USA M302-A-9 2)   
出典:国土地理院ウェブサイト(地理院データを加工して作成)
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1/25000「新潟北部」昭和43年改測「今昔マップ on the web」より作成
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SkyVector.com

 
新潟県の空の玄関口「新潟空港」。
 
その歴史は古く、昭和5年の市営飛行場まで遡ります。
 
■防衛研究所収蔵資料「航空路資料 第4 中部地方飛行場及不時着陸場 昭和19年6月刊行 水路部」の中に、

当飛行場の付図があり、先頭のグーグルマップはこの付図から作図しました。
 
付図にはA滑走路が描かれてないんですが、1946年の航空写真にある通り追加しました。
 

滑走路北東側が一部阿賀野川に飛び出してますが、

実は1950年のA滑走路建設の際、更に川に飛び出す方向に延伸してます。

で、その後1963年にA滑走路は約500mの短縮工事を行っており、現在は内側に引っ込めた形で落ち着いています。

後述しますが、水路部資料に取り上げられた昭和18年当時、 当飛行場は航空局の乗員養成所飛行場であり、

マップ南西側の黄色いエリアは養成所諸施設、格納庫のエリアです。

現在はターミナル、駐車場の西側部分、それに国交省の施設などになってますね。

同資料によれば、北東側の飛び出した水色部分は「旧飛行場」、黄色で囲った広い部分が「新飛行場」です。

「新飛行場」に東西方向に引いた赤線の南側は、「大型機使用不適」エリアです。

また同資料内に当飛行場に関する情報がありました。

以下引用させて頂きます。

第12 新潟航空機乗員養成所飛行場 (昭和18年9月調)

管理者 航空局。
位置 新潟県北蒲原郡松ヶ崎浜村字古水戸
 (新潟市の北東方約7粁、37°57′1N 139°7′3E)。
種別 公共用陸上飛行場。

昭和16年4月新潟航空機乗員養成所の設置せらるるや従来の飛行場にては狭
隘なる為旧飛行場の南西方に隣接して新飛行場の建設に着手し最近整地工事の
大部分完成使用の域に達したり、然して新、旧両飛行場の境界は北側の一部を
除き他は約1米の高差を以て2分されある状況なるも将来は之等の高低を撤し
て一平面の飛行場と為す計画なりと言う、以下新、旧飛行場の個々に就き記述
す。

着陸場の状況
高さ
 平均水面上(新飛行場)約7米、(旧飛行場)約8米。
広さ及形状
 新飛行場 本場は長さ東西(最大)1,000米、南北(最大)1,000米
(総面積98萬平方米)の略丁字形地域なり・着陸地域は場内中央以北に於
て新、旧両飛行場を跨ぐ東西1,200米、幅150米の地区を最適とするも風
向等に依りては其の他の全地域を使用するも支障なし、但し大型機は中央
以北に着陸するを要す(付図参照)。
 旧飛行場 本場は長さ東西540米、南北590米(総面積19萬平方
米)の略L字形地域なり・着陸地域は場周より各約20米の地区を除く他
の全地域とす(付図参照)。
地表の土質
 新、舊飛行場共砂土質にして何れも深さ約3-6寸に尋常土を敷く。
地面の状況
 新飛行場 地表は転圧稍不十分なるも凸凹起伏なき平坦地なり・中
央以北は地盤概ね堅硬なるも以南は稍軟弱にして2頓以上の大型機の使用
に耐えず・夏季は一面に50糎内外の雑草疎に生じ特に南西側の一部地域
は伸長1米に達す・排水施設は不完全にして降雨後及融雪期には諸處に水
溜を生じ豪雨の際は北部は異常なきも南部は地盤著しく軟化するを以て小
型機と雖も使用上注意を要す・冬季(1,2月)は積雪1米に及ぶことあり
此の期間中は橇を装置せざれば飛行不能なり・冬季は北西風卓越し北方海
岸よりの飛砂多し。
舊飛行場 着陸地域は厚さ約20糎の尋常土を敷き転圧したる平坦
且堅硬なる疎草地にして毎年雑草の刈取手入れを行う・降雨後は中央部付
近に水溜を生ず・冬季北側地区は海浜よりの飛砂多き為飛行場境界は識別
稍困難となることあり・積雪状況は前記新飛行場と同じ。
場内の障碍物
 新、舊飛行場の境界に格納庫(高さ12米)、付属建物1棟及高さ1米の土
堤あり。
適当なる着陸方向
 恒風の関係上夏季は東、冬季は北西を可とす。
施設 
 新飛行場の南西隅に乗員養成所本部(高さ13米)・格納庫(間口55.6米、
奥行57.5米、高さ15米)1・整備組立工場(高さ9米)1・鑄鍛工場1・
 計器及機材工場1・発動機工場・木工場・器材庫・燃料庫・生徒宿舎3等
 あり。
 舊飛行場の南西端に格納庫(間口70米、奥行45米、高さ12米)1・付属
 建物(集積場)1あり。
 航空標識 晝間は吹流塔(高さ15米)1あり・夜間標識なし。

周囲の状況
丘陵
 本場は阿賀野川河口左岸に在り、北方は高さ2-3米の砂丘を隔て約400
 米にして日本海に臨み、南方は越後平野遥に開け四周極めて廣濶なり・東
 方を除く付近一帯は海浜特有の砂丘地にして高低起伏を呈す、即ち場の南
 西端より南方約150米付近に高さ約16米の砂丘、之より南及南西方一帯
 の砂丘は次第に高度を増し約700米に物見山(高さ31.5米)と称する
 丘陵性台地あり、又北及西方一帯も場面より稍高き砂丘ありて西方に連
 互す。
樹林
 西及南西方付近一帯に松林、北西方に稍丈高き「アカシヤ」樹林あるも大
 なる障碍とならず。
堤防
 舊飛行場の東側場周に高さ1米の護岸堤防あり、目障りとなる程度にして
 障碍とはならずと言う。
河川及湖沼
 舊飛行場の東側に接して河端約600米の阿賀野川あり。河口に松ヶ崎浜港
 あり、此処に地方暴風標あり又場の南方約800米に阿賀野川と西方の信濃
 川とを連結する河端約20米の通船川あり同河は小汽船の定期航路を設け舟
 運の便大なり・新飛行場の西側に接して長さ約250米、幅約100米の溜池
 あり。
建築物
 乗員養成所構内に高さ20米の煙突1基(夜間障碍燈を點燈す)あり、南
 東方に下山村落ある他付近に障碍となる高層建築物なし。
電線
 新飛行場の南端付近に高さ10米の電柱あり、又南方約200米を距てて東
 西方向に舊飛行場の専用道路に沿い北方に向け架設せる高さ8米の普通電
 線あるも障碍とならず。
着目標
 新潟市、阿賀野川河口、溜池、格納庫。

地方の状況
市街
 本場の南西方約7粁に新潟市あり市街は信濃川を挟みて両岸に在り、新潟
 県庁、市役所、警察署、測候所、新潟放送局等の所在地なり。
医療
 航空機乗員養成所内に診療所あり・新潟市内に病院10、松ヶ崎浜村に医院
 2あり。
宿舎
 航空機乗員養成所内に生徒宿舎あり・新潟市内に旅館107(収容員数計約
1,370)、松ヶ崎浜(阿賀野川対岸)に旅館5(収容員数計約45)あり。
応急修理
 航空機乗員養成所内に完備せる修理施設あり。
航空需品
 航空機乗員養成所内に航空用燃料及潤滑油を貯蔵す。

交通、運輸及通信
鐡道
 新潟臨港駅(信越本線貨物引込線)西方約3.5粁、沼垂駅(信越本線)南
西方約6粁。
乗合自動車
 新潟市内より本場の南方を経て東方松ヶ崎浜方面に至る定期乗合自動車の
 便あり、最寄停留所は茶屋前停留所(南方350米)なり。
道路
 本場の南方約350米に前記乗合自動車の運航する新潟-松ヶ崎浜間の県道
 (舗装道路)あり、新、舊両飛行場の南側より之に連絡する飛行場専用道
 路あり。
港湾
 本場の南西方約4.5粁に新潟港あり、信濃川の河口に在る開港にして県営
 及臨港両埠頭繫船岸壁には5,000噸級5隻、3,000噸級6隻及1,500噸級4
 隻を同時接岸繫船し得。
運送店
 新潟市内に新潟地区貨物自動車株式会社(貨物自動車約50常備す)あり。
電信及電話
 松ヶ崎浜郵便局(電信及電話取扱)南東方約3粁。

気象
測候所
 新潟測候所(中浦原郡鳥屋野村)南西方約7粁・航空気象を観測す。
地方風
 冬季は北西風卓越し、4月に至れば漸次南寄の風増加す、5月以後10月迄
 の間は概ね南寄の風卓越す、11月は漸次西寄の風増加し、12月に至れば
 冬季の北西風となる・平均風速は1月最も大にして5.0米/秒を示し、12月及
 2月之に次ぐ、7及8月は最も小にして2.5米/秒を示す。
 新潟測候所に於ける2546-2600年55箇年間の月別統計を参考に記載す
 (以下月ごとのデータ省略)
天候
 11月より翌年1月間は海上荒れ勝にして天候変動し易し、2-4月間も亦
 上記期間に次ぎ荒天多き時期なり・5-7月間は年内に於て最も平穏なる
 時期にして8-10月間は比較的平穏なる季節なるも7月より9月迄の間に
 は颱風の襲来することあり。
 本場に気象統計なきを以て新潟測候所に於ける2546-2600年55箇年間の
 統計を記載す(以下月ごとのデータ省略)
地方特殊の気象
 11月より翌年3月間は風雪多く且天候の変化激しく飛行不適なり・梅雨
 期は雨量尠し・5-9月間は海陸風あり。

其の他
本場は設置後日尚浅く排水不良、転圧不十分(積土不足約3糎)の為降雨後及
融雪期には水溜を生じ使用に困難す・昭和18年夏木更津航空隊所属中攻機本
場に不時着の際車輪めり込み引揚に困難せりと言う、尚転圧を充分ならしむる
為昭和19年4月以後転圧補強工事を実施の予定なりと言う。

旧飛行場と新飛行場で1mもの高低差があったり、排水、転圧に難があったりと、

いろいろあったのですね。

■国立公文書館デジタルアーカイブ 昭和十四年一月 航空要覧 逓信省航空局編輯 帝國飛行協会発行
の中で、「本邦定期航空現況(昭和十三年十二月現在)」として以下記されていました(6コマ) 

経営者 大日本航空株式会社
航空線路 東京-新潟
区間 東京-長野間 毎日一往復
   長野-新潟間 毎日一往復
線路開設年月 昭和十一年十月

■国立公文書館デジタルアーカイブ 昭和十四年一月 航空要覧 逓信省航空局編輯 帝國飛行協会発行

の中で、「本邦飛行場一覧(昭和十三年十月現在)」として以下記されていました(8コマ) 

名 称  新潟飛行場
経営者  新潟市
所在地  新潟縣北蒲原郡松ヶ崎濱村
水陸の別 陸
滑走区域 長六〇〇米 幅一五〇米  長四□□米 幅一五〇米
備 考  (記載無し)

■防衛研究所収蔵資料「陸空-本土防空-48飛行場記録 内地(千島.樺太.北海道.朝鮮.台湾を含む) 昭19.4.20第1航空軍司令部」

に 1/5000 新潟飛行場 がありました。

現行A,Bどちらの滑走路とも重ならない、東北東~西南西1,200mx150m滑走路はここに描かれていました。

資料名ご覧の通りで、この地図は昭和19年4月以前のものなのですが、

この資料に編纂されている各飛行場は、「昭和18年夏頃調」と記されているものが多いため、

この地図もその頃のものなのではないかと。

新潟空港も歴史がある分、随分変遷を経て現在に至っていますが、こんな滑走路を使用していた頃もあったんですね。

恒風:西北西 恒風:南西 夏自六月至十一月とも記されていました。

所在地
 新潟縣北蒲原郡松ヶ崎濱村字水戸
土質地表の状態
 真土(粘土質)飛行場の中央に向け低く傾斜
 概ね平坦にして砂地に真土三寸乃至六寸盛土転圧せり、表面は雑
 草繁茂し硬し
付近状況
 飛行場南部に格納庫、風向標示塔、事務所等あり 東は阿賀野川
 に面し北は高さ二米乃至六米(飛行場よりの高さ)の砂丘を越えて日本海に
 望む、西は場端より凡そ三百米(幅員約百米)は使用し得るを以て東西方向
 の離着陸は容易なるも南北方向は北部に向ひ次第に狭隘となる為注意を要す
地方特殊の気象状況
 十一月より降水量増加し十二月中旬頃より雪となり、西寄りの風強く降水日数七
 六八に達す(ママ)、三月下旬より次第に良好となり一般にこの頃雪はなし
 夏季は一般に静穏にして天候良好なり
電線
 阿賀野川に沿ひ飛行場事務所迄の電話線及電灯線あり
砂丘
 飛行場北部に二米乃至六米の砂丘あり
交通機関
 乗合自動車にて市の中央より約一時間
 乗用自動車にて市の中央より約二十分
交通順路
 乗合自動車にて市の中央より萬代橋を経て山ノ下末広橋停留所
 に至り 外線松ヶ崎行バスに乗換阿賀野川堤防にて下車北方
 一粁にて現飛行場に至る
其の他
 (記載無し)

■防衛研究所収蔵資料「本土における陸軍飛行場要覧 第一復員局(陸空 本土防空7)」

飛行場名  新潟
位 置   新潟県北蒲原郡松ヶ崎浜村
規 模   要図(南北800 東北東-西南西1500)
舗 装   ナシ
付属施設
 収容施設 四〇〇名分
 格納施設 (記載無し)
摘 要   施設官有


(以下2003年撮影)

  ウラジオストク航空のTu-154。ソ連時代から使用されている非常に息の長い旅客機。(初飛行は1968年)3発エンジンはすっかり珍しい形式になってしまった。パイプオルガンのような独特のエンジン音なので,新潟空港で毛色の違うエンジン音がしたら,このTu‐154だ(多分)。旅客機としては非常に珍しい下半角を採用しているし,全体に無骨な感じで,旅客機というより軍用機という雰囲気。今では東側の飛行機を見ても,それほど珍しいと思うことはなくなったが,冷戦時代はやはり独特なオーラを放っていた。今なら,北朝鮮の船を港で見かけた時の感覚に近いと思う。成田を別にすれば,冷戦当時の日本で東側の飛行機を見ることができたのはこの新潟空港くらいなもので,その意味では当時の新潟空港は一見何の変哲もない地方空港のようで,実は非常に特異な存在だった。

佐渡島空港行きのりば

  スポットを離れ,滑走路に向けてタキシング中のTu‐154。上に2つ並んで見えるのは,VORとタカン。画面左側の野外ステージの足場のようなのがVORで,これで方位が分かる。右側の頭が大きめの照る照る坊主みたいなのがタカンで,これで距離が分かる(本当はタカンだけで方位も距離も分かるけど)。VORとタカン,この2つを使用している局を「ボルタック」と呼ぶ(2つ合わせた造語ですね)。新潟空港には当初タカンのみ設置されており,後からVORを追加して「新潟ボルタック」となった。この記事を読んで,「へー,今度新潟空港に行った時,友達に言おう」と軽い気持ちで考えている方がもしいるとしたら,よくよく注意した方がいい。展望デッキに上がっておもむろに,「ああ,あれが新潟ボルタックだよ」とスッと言えれば,「詳しいっ!」と尊敬の眼差しを向けられるか,「…マニア?」と引かれるかのどちらかだ。どちらに見られるかは普段の言動にかかっているが,多分後者になる可能性が高い。このように航空ファンとは,一般の人から理解や評価を得られることはまずない。むしろ奇異の目を向けられ,この物騒なご時勢では「アブナイ人」というレッテルを貼られるなど,常に危険と隣り合わせのイバラの道を歩まねばならない過酷な運命を背負うことになるのだ。勘違いしないで欲しい。別に「新潟ボルタック」という言葉を発してはいけないと言っているのではない。しかしこの言葉を発した瞬間,確実にある一線を越えることになり,相手からは「あちら側の世界の人」と認識されてしまう可能性が非常に高いということをよく肝に銘じて欲しい。悪いことは言わない。よほどの覚悟がなければ足を踏み入れるのはよした方がいい。 

2016/9/7追記:新潟県は新潟空港への鉄道延伸費用試算をまとめました。それによれば、新潟空港(新潟市東区)とJR新潟駅(同市中央区)を鉄道で結ぶ場合の建設費は上越新幹線の延伸だと422億円、在来線(JR白新線)の延伸だと308億円かかる。建設費の負担割合などで異なるものの、鉄道事業者が延伸区間の採算を確保するには、航空利用者を現状の2.8倍から約10倍に増やす必要がある。県は専門家や鉄道事業者らの意見を踏まえた上で、実現の可能性を探る構え。

 


(以下2023年3月撮影)

 

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佐渡空港行き乗り場は現在は東邦航空新潟事業所になっています(ドアに「新潟テレビ21」とも貼ってあった)

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駐車場屋上からA滑走路方向。

廃止して商業施設誘致の構想がありますが、どうなりますか。

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1F 国内線チェックインカウンター。

一番手前側にトキエアのカウンターがありますね(*´∀`*)

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床面はまだブルーシートで覆われてました。

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今も高いフェンス無しの展望デッキ。

今後も是非そのままでいて欲しい。


         新潟県・新潟空港           

    ビュー:☆☆☆☆★   
展望デッキは大人100円。広々していて、フェンスも低いので眺めが良い。
ロシア方面からの飛来機は今も健在だが、西側の機体を運用するケースも増えてきてちょっと寂しい。
滑走路の先に日本海が広がり、北海道航路の巨大フェリーから小型船まで船もよく見かける。
便数はそれほど多くないので、エプロンに飛行機の姿がまったくなくシーンとしている時間帯もあるが、デッキから滑走路を一望できるし海も広がっているので、ぼーっとするのも良い。

    施設:☆☆☆☆★  
ターミナルビルは新しくてきれい。表示が分かりやすい。
1~3階まで、売店、軽食、レストランが充実している。米どころだけあってお酒がたくさん並んでいる。ここは昔から飛行機グッズが結構充実している。各国のお土産などもあり。
レストランでは、関東とは一味違う料理が出てくる。すごくおいしい。店のおばさんたちの雰囲気がすごくよくて、くつろげる。関東とは全然違うカツ丼がおすすめ。
ターミナル前に広々とした有料駐車場が整備されている。たまに満車で第二駐車場に回されることもある。

    マニア度:☆☆☆★★  
旧ターミナルの展望デッキは今よりも滑走路に近く、展示機があり、中に入って管制塔とのやり取りのを聞くことができた。新しい空港は雰囲気も含めて良くも悪くも洗練されてしまった。 

滑走路の東側の端、阿賀野川の土手は、有名な撮影ポイント。オイラはよく知らないけど、たまたまスゴイ飛行機が来る時?などに居合わせると、いろんなナンバーの車がずらりと並び、エアバンド・レシーバーを尻に付け、手には望遠レンズというそのスジの人たちでいっぱいになる。

    総合:☆☆☆☆★  
日本海のすぐそばにある空港。周辺はのんびりしていて、住宅と店がポツポツとある。
「雪の降り積もる新潟空港を見てみたいっ」と出掛けても、山越えの時は積雪数メートルなのに、新潟平野を走るうちにどんどん雪が少なくなり、新潟空港に着いたときには雪は跡形もない、というのはよくあること。


・新潟航空機乗員養成所飛行場(昭和18年9月当時) データ
管理者:航空局
種 別:公共用陸上飛行場
位 置:新潟県北蒲原郡松ヶ崎浜村字古水戸
標 点:37°57′1N 139°7′3E
標 高: 新飛行場7m、旧飛行場8m
面 積:新飛行場最大1,000mx1,000m 98ha、旧飛行場 540mx590m 19ha
着陸地域:場内中央以北、新旧両飛行場を跨ぐ東西1,200m、幅150m

・新潟空港(現在) データ
設置管理者:国土交通省
3レター:KIJ
4レター:RJSN
空港種別:拠点空港/国管理空港
運用時間:7:30~20:30
所在地:新潟県新潟市松浜町下山
標 点:N37°57′21″E139°06′42″
面 積:199ha
標 高:1.4m
A滑走路:1,314mx45m(04/22)
B滑走路:2,500mx45m(10/28)
航空管制周波数
・飛行場管制 
 新潟タワー 118.00 126.20
・進入・ターミナルレーダー管制
 新潟アプローチ 121.40
 新潟ディパーチャー 119.05
・航空路管制
 東京コントロール(上越セクター)132.30 134.25
・飛行場情報放送 
 新潟ATIS 128.45

沿革
1930年09月 新潟市営飛行場開場
1939年03月 国営飛行場に
1941年04月 新潟航空機乗員養成所設置。南西方向に拡張工事(新飛行場)
1943年    新飛行場ほぼ完成。夏に木更津航空隊所属中攻機不時着
1944年04月 転圧補強工事予定
1945年10月 接収
1950年    A滑走路建設(1,829mX45m)
1958年03月 返還
1963年10月 A滑走路短縮(1,314mX45m)、B滑走路新設(1,200mX30m)
1972年04月 B滑走路延長拡幅(1,500mX45m)
1972年10月 B滑走路延長(1,900mX45m)
1981年12月 B滑走路延長(2,000mX45m)
1996年03月 B滑走路延長(2,500mX45m)
1996年07月 新旅客ターミナルビル開業
2017年12月 新潟空港への鉄道乗り入れ、結論先送り。アクセス改善協
2019年12月  新潟空港を拠点に地方間を小型機で結ぶ「TOKI AIR(仮称)」、東京都千代田区に準備会社設立
2021年02月 15日 トキエア、本店機能を東京から新潟市中央区に移転。2022年の運航を目指し準備加速
     04月 5日 国土交通省航空局、新潟空港の民営化について民間からの意見募集開始
       トキエア、ATR72 2機仮契約済。東京線就航も検討へ
     05月 24日 トキエア、成田-佐渡間初の試験飛行実施
     09月 7日  ATR社、ATR42-600Sの初納入を22年から25年初頭に変更と発表。23年の佐渡金銀山の
       世界遺産登録に佐渡路線就航を間に合わせるため、使用機材についてATR社、新潟県等と協議へ
2022年02月 トキエア、今夏新潟空港から丘珠、仙台、名古屋方面、関西方面に定期便就航へ
     09月 21日 トキエア、11月以降に航空運送事業許可申請と発表

     10月 地元経済界や県、A滑走路用地に大型商業施設誘致等、トキエアをテコに経済活性化策検討
     11月 5日、トキエア初号機仏トゥールーズから新潟空港に到着。11月末に2号機が到着予定
       30日 トキエア、国土交通省東京航空局に航空運送事業許可申請。同日受理    
2023年01月 17日 トキエア2号機、那覇到着。1月末新潟にフェリー予定。タイガーエア台湾就航。週2便運航
        31日 新潟県、ショッピングモール誘致等有効活用するため、A滑走路廃止を国に提言する方針
     03月 31日 トキエア、国土交通省東京航空局からAOC(航空運送事業の許可)取得と発表
     06月 8日 トキエア、丘珠線就航日を6月30日から8月10日に延期と発表
     07月 26日 トキエア、丘珠線就航を8月10日から8月下旬に延期と発表
       28日 トキエア、佐渡と首都圏を結ぶ路線は来年秋ごろと表明
     08月 10日 トキエア、今月末就航へ
       24日 トキエア、丘珠就航9月以降に延期へ
     09月 26日 トキエア、10月下旬の新潟-丘珠線就航に向け調整・実証飛行終了
2024年01月 1日 「令和6年能登半島地震」空港は震度5弱。午後4時10分以降の全便欠航
        2日  朝から運用再開
        31日 トキエア、丘珠線運行開始。当面週4日(月・金・土・日)1日2往復
     02月 20日 県、トキエアに3億円補助の方針。路線追加や事業拡大を後押し
     04月 3日 トキエア、丘珠線週4→5日運行へ
       26日 トキエア、仙台線就航へ

関連サイト:
新潟空港   
新潟空港ビルディング株式会社  
TOKI Aviation 
国土交通省/新潟港湾、空港整備事務所   
国道交通省東京航空局/新潟空港  
ブログ内関連記事
 

この記事の資料:
防衛研究所収蔵資料「航空路資料第4 中部地方飛行場及不時着陸場 昭和19.6 水路部」
防衛研究所収蔵資料「本土における陸軍飛行場要覧 第一復員局(陸空 本土防空7)」
防衛研究所収蔵資料「陸空-本土防空-48飛行場記録 内地(千島.樺太.北海道.朝鮮.台湾を含む) 昭19.4.20第1航空軍司令部」


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コメント 2

北宇のピューマ

と言うわけで初めての新潟空港、そして初めて見た日本海。
滑走路の向こうに広々と広がる日本海、展望デッキからのロケーションは素晴らしいですね!とりさんが毎年一度新潟空港に通う理由が心底分かりました。

阿賀野川の土手からランウェイに進入してくるTu-154の独特の下半角を撮ろうと思ってたんですが、土手ポイントは現在工事中で入れないようでした。仕方なくデッキの上で待ち構えていたんですが、降りてきたのはTu-214。154の「パイプオルガンの様な独特のエンジン音」と言うのを聞いてみたかったのに残念!
Tu-214の音は・・・ 結構普通でした。
「昼食はとりさんお進めのカツ丼を」と思い食堂へ。するとカツ丼はソバとのセットで1260円!あまりの高さにショックを受けましたが(ロシア機がTu-154じゃなかった事よりショックでした)、「せっかく新潟に来たんだから」と注文し滑走路の良く見える席に座ると、向こうのテーブルでCAさんが2人食事中。「CAさんもこういう所で食べるんだ」と関心しながらCAさんと食事。卵とネギを使わない新潟のカツ丼は確かに美味しかったです!食堂のおばさんも元気が良くて確かに雰囲気のイイ店ですね。

最後に夕日の中を飛び立つTu-214を見送り富山へ。初めての新潟空港でしたがとりさんの説明のおかげで迷わなかったし、初めて来た気がしませんでた。
次は絶対冬、雪の積もってる時に来てみたいです。(北宇のピューマ新潟レポ)
by 北宇のピューマ (2006-11-06 21:40) 

とり

北宇のピューマ新潟レポ ありがとうございます!!
久しぶりにこの記事見返したのですが・・・。ん~、なんていうか、若気の至り記事ですね~。コレ、酒呑んで酔って書いたんですよ。今後の戒めのためにもこのままの状態で残しておきます。

Tu-214・・・知りませんでした。Σ(゚Д゚;) 昼食の値段の高さに、ヒコーキ以上のショック、というのが笑っちゃいました。新潟って、食べ物のレベルが高いんですよね。関西風で。
次は冬ですか。オイラもエプロンが雪景色の新潟空港を1度見てみたいものです。
コメントありがとうございました。
by とり (2006-11-07 18:26) 

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